FC2ブログ
ふつうの島    アジトサイズ    巨大化?
2005.09.01

携帯電話と未来、過去

こないだ本を読んでいて思ったこと。

よくある話だけれど、未来から過去へある人間が飛来する。
そこでその人は、自分が生きていた世界とのギャップにあわてながらも
歴史的な瞬間に立ち会ったり
後に大統領になる不遇の若者を励ましたりw
難事件を解決したり
とまあ、小説世界が繰り広げられるわけだ。

そのとき私が読んでいた本では、
未来で亡くなった息子が、過去に飛んで自分の父親の若いころに遭遇、
父親には関係を隠し、ただの友達として、
二人で難問に挑むという話だった。

よくあるプロットだけれども、
二人はとにかく現金が必要になる。
すると息子が「競馬をやろう」と言いだす。
息子はそのレースの結果を知ってるから、稼げるのが確実というわけ。

んで、息子は渋る父親(友達)に対し、こう言う。
「ボクには将来がわかる。将来はすごいんだ、公衆電話がなくなって、皆一人一人が電話を持つようになるんだ。ボクにはわかるんだ、だからこのレースもわかる、ボクを信じて」

しかし父親は信じない。そして言う。
その時代は、ようやくテレホンカードが出回り始めた時代で。
人々は「お金じゃなくてカードで電話がかけられる」という進化を
非常に興味を持って、喜んで迎えていた時代。
「一人一人が電話を持つ」なんてことは、その時を生きる父親には
子供じみた夢にしか思えないのだ。

小説では結果、父親が息子の言い分を認め、競馬を当てる。
でも私にはそんなことより、この電話のやりとりがとっても印象に残った。
なんせそのカード時代の約10年後には、
本当に一人一人が電話を持ってしまうんだから。

未来と過去のギャップって色々文章化されているけれど、
カード→携帯電話の移行は
あまりに身近すぎて普段意識しないよね。
でもそれは移行の10年を、何事もなく生きたという証拠でもあるんだ。
その10年の間に命を失ったとしたら
今こんなに当たり前の「携帯電話」だけど、
意味すら理解できないままだったのかもしれない。

そう思ったら、日々の変化って馬鹿にできないなと。
何か見過ごしてる宝の山はないかとw
ってのは冗談としても、
生きているってことは「知れる権利を持っている」ってことでもあるから
あらゆる方向に興味を持っていたいなと。
そんなふーに感じたわけです。

なんだかマジメくさいなw
以上、今日の駄文でした~
スポンサーサイト




この記事へのトラックバックURL
http://janpoke.blog19.fc2.com/tb.php/6-0306c00c
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する